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Flash Gordon
『フラッシュ・ゴードン』


▲フランス公開版ポスター
【スタッフ】
監督/マイク・ホッジス
製作/ディノ・デ・ラウレンティス
製作総指揮/バーナード・ウィリアムズ
脚本/ロレンツォ・センプル・Jr.
原作/アレックス・レイモンド
撮影監督/ギルバート・テイラー
美術監督/ジョン・グレイズマーク、ノーマン・ドーム
美術デザイン、コスチュームデザイン/ダニロ・ドナティ
編集/マルコム・クック
音楽/クイーン

【キャスト】
サム・ジョーンズ(フラッシュ・ゴードン)
メロディ・アンダーソン(デイル・アーデン)
マックス・フォン・シドウ(皇帝ミン)
オルネラ・ムーティ(オーラ姫)
ハイアム・トポル(ハンス・ザーコフ博士)
ティモシー・ダルトン(皇子バーリン)
ブライアン・ブレスド(翼人ヴァルタン)
マリアンジェラ・メラート(カラ)
ピーター・ウィンガード(クライタス)
ジョン・オズボーン(アルボリアの司祭)

[1980年アメリカ映画/カラー/111分/シネマスコープ/ドルビーステレオ/ユニヴァーサル、デ・ラウレンティス・プロダクション製作]
日本公開:1981年2月(20世紀フォックス配給)


Story

 宇宙を支配する悪の皇帝ミン(マックス・フォン・シドウ)が地球を攻撃! 人類は滅亡の危機を迎えた。

 人気アメフト選手のフラッシュ・ゴードン(サム・ジョーンズ)は飛行機で移動中、ミンの落とした隕石雨に襲われる。同乗していた若く美しい女性デイル・アーデン(メロディ・アンダースン)の助けを借りて不時着した所は、ザーコフ博士(ハイアム・トポル)の研究所だった。彼は地球の危機をすでに予測しており、ミン皇帝のいる惑星モンゴへ行くためのロケットも用意していた。フラッシュとデイルは博士に無理やりロケットに乗せられ、遥か宇宙の彼方へと旅立つ。

 ミン皇帝の宮殿にたどり着いた3人は、皇帝から手荒い「歓迎」を受ける。フラッシュは勇猛果敢に抵抗するものの、ついには取り押さえられ、死刑を宣告されてしまう。絶体絶命の危機! そのとき、皇帝の一人娘であるプリンセス・オーラ(オルネラ・ムーティ)がフラッシュを助け、2人はからくも樹木惑星アルボリアへと逃げのびる。

 数々の苦難を乗り越えたフラッシュは、愛するデイルと地球を救うべく、アルボリアの皇子バーリン(ティモシー・ダルトン)や、翼人ヴァルタン(ブライアン・ブレスド)らと共に、反乱軍を率いて再び皇帝に立ち向かうのだった。


About the Film

■未曾有の無駄遣いSF超大作

▲日本公開時のパンフレット
 イタリアが生んだ超大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス製作によるSF超大作。映画史を変えたジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』シリーズに対抗すべく、SF映画としては史上最大級の約4000万ドルという製作費が注ぎ込まれたが、仕上がりはキャンプでコミカル。脳天気な明るさと妙に変態チックなディテールが楽しい怪作となった。

 原作は、アレックス・レイモンドが1934年から新聞紙上でスタートした連載漫画(コミックストリップ)。バスター・クラブ主演の映画シリーズ(1936〜)も根強い人気を持っており、アメリカでは『スーパーマン』と並ぶコミックヒーローの古典的存在である。G・ルーカスも大ファンでリメイクを熱望していたが、ラウレンティスがすでに権利を持っていたため、仕方なくオリジナルで『SW』を作り始めたというのは有名な話。フェデリコ・フェリーニを始め、何人もの監督候補が降板しながらも、ラウレンティスが本作を何が何でも完成させようとしたのはそのせいだと思われる。

■開いた口がふさがらない驚異の映像
 この映画の見どころは、なんと言ってもそのビジュアル。フェリーニ組の常連スタッフ、ダニロ・ドナティが作り上げた巨大で悪趣味な美術セットは、ラスベガスのステージショーと見紛うほどに壮観。赤と金を基調としたコテコテの色遣いは、夢に見るくらい強烈なインパクトをもたらす。スタジオ撮影なのに有り得ないぐらい広角の画などもあったりして、観ていて唖然とすること請け合いだ。

 当時隆盛を極めていたSFXは、かかった金額のわりに相当チープで、時代錯誤感バリバリ。しかし、CGでは得られないオプチカル合成のざらついた感触には、思わず胸がときめいてしまう。

■「いいオトナ」が見たコミック世界
 コミック的なバカバカしさを目一杯に生かした脚本を執筆したのは、ロレンツォ・センプル・Jr.。『コンドル』(1975)『キングコング』(1977)など、ラウレンティス作品への参加も多い御用達作家である。本作では、TVシリーズ『バットマン』(1966)でも発揮した“チープを真正面から描く”センスを駆使し、原作の持ち味をそのまま現代に甦らせている。脱力必至のユーモアを満載した台詞のニュアンスに耳を傾ければ、よりいっそう楽しめるはずだ。

 ホッジスは原作コミックのヒロイズムも荒唐無稽さも、今様に美化することなく、そのままのかたちでストレートに演出している。その姿勢はジョージ・ルーカスのような「夢見る映画青年」のそれでなく、いいオトナが職人的にスペースオペラを演出してみました、というスタンス。昨今のコミック原作映画にありがちな、どっちつかずのダメさ加減はない。むしろ強い確信をもってチープな演出が貫かれており、これはこれでアリかと思える。

■贅を尽くしたキャスティング
▲宇宙一物騒な父娘を演じるシドウとムーティ
 タイトルロールを演じたサム・ジョーンズは、TV番組に出ていたところをラウレンティスの義母に見出され、主役に抜擢されたラッキーボーイ。髪をブロンドに染め、逞しい体格を生かして我らがフラッシュを演じている。本作以降は目立った作品はなく、B級アクション映画に多数出演。

 オーディションによって選ばれたヒロイン、デイル役のメロディ・アンダーソンも今回が初の大役。気が強くて行動的なアメリカ娘をキュートに演じている。その後は主な活躍の場をTVに移したが、映画出演作ではダン・オバノン脚本の秀作ホラー『ゾンゲリア』(1981)でのヒロイン役も印象深い。

 また、ラウレンティス人脈で駆り集められた豪華なヨーロッパ系俳優たちの顔ぶれも見どころだ。悪の皇帝ミンを怪演するのは、『エクソシスト』(1973)のメリン神父でおなじみ、マックス・フォン・シドウ。一見誰だか分からないほどのメイキャップを施し、宇宙の支配者を必要以上の貫禄で体現した。

 もう一人のハマリ役が、主人公たちを騒動に巻き込むザーコフ博士を演じるハイアム・トポル。『屋根の上のバイオリン弾き』(1971)や『フォロー・ミー』(1972)でおなじみ、イスラエル出身の名優だ。本作ではあからさまに頭のおかしい科学者役を、えらいこと楽しそうに演じている。

▲「流されて…宇宙」M・メラート
 セックス大好き!のイカれたお姫様オーラ役、オルネラ・ムーティの熱演も忘れてはならない。何があったのか知らないが、ほとんどこの映画の共演者全てを食う(注:演技の話です)勢いで存在感を発揮。『あゝ情熱』(1973)の頃の可憐な美しさはどこへ……といったぬるいノスタルジーに断固として「否」を叩きつける強烈な悪女ぶりを見せてくれる。

 その他、リナ・ウェルトミューラー作品の常連女優マリアンジェラ・メラートが奇抜な扮装で皇帝の家臣カラを演じるかと思えば、『ロッキー・ホラー・ショー』(1977)のリチャード・オブライエンも探せばどこかに出ているという贅沢さ。特に樹木惑星の皇子バーリン役を演じるティモシー・ダルトンときたら、もうエロール・フリン級にハンサムな演技派男優なわけで、こっちを主役にすればいいのに……と思わせるくらいかっこいい。実は4代目007など演じるより、本作や『美容師と野獣』(1996)のように無駄遣いした方が断然光るのだ。

■なんだかんだで愛される迷作
 様々な紆余曲折を経て完成した本作は1980年、『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』にぶつけるように世界中で公開された(日本では同じ20世紀フォックスが配給)。「SF超大作」というキャッチコピーさえあれば、とりあえず足が向かってしまうという時代。映画は世界的にヒットし、えもいわれぬ腰砕け感を多くの観客に残した。辛口の批評で知られるアメリカの映画評論家ポーリン・ケイルは、本作を評して“Disco in the sky.”という名フレーズを与えている。

 日本版のビデオとLD(共にトリミング版)はバップ=東北新社から発売。近年になって東北新社から待望のノートリミング版DVDがリリースされた。画質は公開プリント並だが、セットの巨大さを知るためにはオリジナルのスコープサイズで観ることが必須。アメリカでは本編のみ・ワイドスクリーン収録のDVDが1998年にユニヴァーサルから発売されたきりだが、イギリスとフランスではカルトな人気の反映だろうか、監督や俳優のコメンタリー付き豪華仕様ディスクが発売されている。(追記:日本でもユニバーサルからイギリス盤と同内容のDVDが再リリースされた)(追記の追記:2012年に全米公開され、大ヒットを記録したコメディ映画『テッド』では、なんと『フラッシュ・ゴードン』を大々的にフィーチャー。しかも、主演のサム・ジョーンズが本人役でカメオ出演するというファン驚愕&感涙必至のサプライズが!)

▲イギリス盤DVDジャケット

Production Note

■ニックからの電話
 最初にそのオファーをマイク・ホッジスに持ちかけたのは、友人の映画監督ニコラス・ローグだった。『赤い影』(1973)や『地球に落ちて来た男』(1976)などで知られる彼は、当時ディノ・デ・ラウレンティスのもとで人気アメリカンコミック『フラッシュ・ゴードン』を映画化するプロジェクトを動かしていた。

ホッジス「ある日、ニックから電話がかかってきて、ディノ・デ・ラウレンティスが私に会いたがっている、と言ってきたんだ。私は彼らの滞在しているホテルを訪ね、ディノから『フラッシュ・ゴードン』の続編を監督しないか、と言われた」

 ディノ・デ・ラウレンティスといえば泣く子も黙るイタリアの大物プロデューサーである。70年代からはハリウッドを基盤に『キングコング』(1977)『ハリケーン』(1979)といった企画優先型の野心的大作を連発し、そのビッグネームを映画界に轟かせた。『フラッシュ・ゴードン』もその1本であり、当時の映画界で話題を独占していた『スター・ウォーズ』シリーズのジョージ・ルーカス監督が映画化を熱望していた企画ということでも、注目度は大きかった。

ホッジス「とにかく彼が“脚本を読んでみてくれ”と言うので、マイケル・アリンの書いた準備稿を読んでみた。私は原作コミックのことも、SFXのこともまったく知らないし、自分には不向きな企画だと思って断ったんだ」

 もちろん、ホッジスが続編監督の依頼を断った理由のひとつは、『オーメン2/ダミアン』(1978)の現場での苦い経験があったからだろう。ラウレンティスの思惑としては、せっかく大規模なセットを作るのだから、それを無駄にしないために続編企画も同時に進行させたかったのだ。

ホッジス「そのうちに、ニックの美術デザイナーがプロジェクトから外れ、それがきっかけでニック自身も降り、企画は空中分解したらしいと聞いた。それからしばらく後、私がソーホーのレストランで食事していると、ウェイターから“電話です、ミスター・ホッジス”と呼び出された。私以外には誰にも、妻にさえ居場所を知らせていなかったのに!」

 それは、ディノのラインプロデューサーを務めているバーニー・ウィリアムズからの電話だった。

■準備もケタ違い
 今度は続編ではなく、正編『フラッシュ・ゴードン』の監督にオファーされたホッジス。その時点でも、彼はノーと答えるつもりだった。しかし、原作のファンだった2人の息子から「絶対に引き受けなきゃ!」と焚きつけられ、結局はコンコルドに乗ってラウレンティスの待つニューヨークへと旅立った。

ホッジス「機内はブリーフケースを携えたビジネスマンでいっぱいだった。彼らがしかつめらしく書類を睨んでいる中で、私は山と積まれたマンガ本を必死で読み漁っていたんだ。ちょっとオツムの足りない奴だと思われたんじゃないかな(笑)」

 ニューヨークでホッジスを出迎えたのは、美術監督のダニロ・ドナティ。彼はフェデリコ・フェリーニ監督の『サテリコン』(1969)や『カサノバ』(1976)といった作品で、壮大なスケールのセットを数々作り上げてきた巨匠である。

ホッジス「私は『カサノバ』の大ファンだったから、ダニロに会えてとても光栄だった。唯一の問題は、彼がまったく英語を話せなかったことだが(笑)。すでにダニロは、劇中に登場する惑星モンゴとアルボリアのデザインを描き終えていて、彼の助手が2人がかりで被さっていた幕を取り払って絵を見せてくれた。……あまりのことに面食らったよ。現れたのは高さ10フィート、横幅20フィートの超巨大なデザイン画だったんだ。そこはセントラルパークを一望できる高層ビルの、それなりに大きなオフィスだったんだが、そいつのおかげで部屋に陽が入らなかったからね(笑)」

 正直「狂ってる」と思ったホッジスだったが、ニューヨークを訪れた時点ですでに後へは引けない状況に来ていた。

■新たな脚色
 ホッジスは、自分が原作コミックを読んだときの印象に忠実な映画を作ることに決めた。イイ歳をした大人が、子供の持っているマンガを思わず夢中になって読んでしまった印象で(ルーカスやスピルバーグのように、「子供時代のときめきを思い出して」とかいった発想はあまりない)。

 マイケル・アリンの書いた初稿は棄てられ、代わりにTVシリーズ『バットマン』や『かわいい毒草』(1968)などの脚本家であり、『キングコング』の完成稿も執筆したロレンツォ・センプルJr.が新たに参加。彼はホッジスの注文に沿って、コミックらしさを強調した脚本を作っていった。バカバカしく非現実的で、有無を言わさぬワンダーに満ち溢れた物語に。

 その世界観のスタートに立ち返り、劇中でフラッシュはスーパーマンではなく、「地球の危機を前に何もできなくて当然の人間」として描かれることになる。基本設定での変更点は唯一、主人公フラッシュがアメフトチーム「ニューヨーク・ジェッツ」の花形クォーターバックとなったこと(原作ではイエール大卒のポロ選手)。

■唯一の衝突
 脚本がとりあえず形になると、ホッジスはミニチュアモデルを使った特殊効果シーンの撮影に入った。そのとき、ラウレンティスはそのフィルムを無断で現像させ、監督抜きでラッシュ試写をおこなった。ホッジスはそれを知るや、烈火のごとく怒ってプロデューサーのオフィスに怒鳴り込んだ。

ホッジス「私はディノに、こんなことが再び起これば降りると釘を刺した。それがディノとの唯一の衝突だよ。後から聞いた話だが、その直後、彼はラインプロデューサーを呼び出して、使える監督リストを持って来るように言ったそうだよ。そして、リストにあった1人の名前を指差して言った。“次はこいつにしろ”と。そしたらラインプロデューサーが“それが今の監督ですよ”と答えたんだそうだ(笑)。そういえば、現場に入った当初からディノは私のことを“ニック”と呼び続けていた。それで合点がいったね(笑)。彼はスタッフの前で私に不平を言うことも、無断でラッシュを見ないことも約束してくれた。私は次第に、このモンスターが好きになり始めていたね」

■Who's Flash? 〜筋肉とイノセンス
▲髪を染める前のサム・ジョーンズ
 キャスティングは難航し、特にフラッシュ・ゴードン役の俳優を探すのは一苦労だった。カメラテストを受けた役者の中には、カート・ラッセルもいたという。だが、監督の考えるフラッシュ像にはマッチしなかった。

ホッジス「フラッシュはとにかく分厚い筋肉の持ち主で、イノセンスも持ち合わせている。大勢の俳優たちを相手にオーディションしたが、しっくり来なかった。思うに、みんなちょっと知的すぎたんだろうね」

 しかし、思わぬところから逸材発見の報せが入る。ラウレンティスの妻の母親(つまり女優シルヴァーナ・マンガーノの母)が、テレビ番組「Hollywood Squares」に出ていた若い男優がピッタリだわよ! と知らせてきたのだ。彼の名は、サム・J・ジョーンズ。

ジョーンズ「ディノから最初に会いたいという連絡を受けた時、僕はハワイでブレイク・エドワーズ監督の『テン』に出演していた。それでロスに飛び、彼と初めて会見したんだ。後から聞いたことでも明らかだけど、ディノは僕にいろんな見込み違いをしていたみたいだね」

 それからジョーンズはロンドンへと赴き、2週間半の滞在期間中に何度となくスクリーンテストを受けた。そして4週間後にはフラッシュ役に決定し、1週間以上かけて髪を完璧なブロンドに染められた。さらに彼は演技だけでなく、体型保持のために撮影終了まで肉体トレーニングを続けなければならなかった。

■ラウレンティス式キャスティング術
 主役以外の配役についても、なかなか決定打となる人材は見つからなかった。その間、ホッジスは様々な俳優たちと面会したが、そのやり方も独特だった。

ホッジス「まず私が少しでも気に入った俳優に会うと、私の秘書がディノの秘書に知らせる。すると廊下の向こう側にあるオフィスからディノがやってくる。で、部屋に入るなり、その役者をパッと見て、ウンウン頷くか、首を横に振るかして、ぶつぶつ言いながらまた去っていくんだ(笑)。毎回笑わせてもらったよ。役者の方は完全に戸惑っていたが」

▲デイル役のメロディ・アンダーソン
 ヒロインのデイル・アーデン役を最終的に勝ち取ったのは、新進女優のメロディ・アンダーソン。この場合も、やはりラウレンティスの強い意向が反映されたようだ。

ホッジス「実はその前に、有力候補としてあるカナダ人女優が考えられていたんだが、ディノは彼女を見て“痩せとる!”と言った。そこで、第2候補の中からメロディを選んだというわけさ。彼女は素晴らしい仕事をしたし、何よりマンガのデイルにそっくりだった」

 アンダーソンはニューヨークからLAに移動しようとしていたときにラウレンティスから呼び出しを受け、そのままロンドンに直行。LAに戻ってこられたのは1年後だった。彼女はジョーンズとは逆に、金髪をブルネットに染められた。

 そして、一時はデニス・ホッパーの起用も検討されていたザーコフ博士役は、『屋根の上のバイオリン弾き』(1968)で知られる名優トポルが演じることになり、さらにマックス・フォン・シドウやオルネラ・ムーティ、マリアンジェラ・メラートといったヨーロッパ映画のスター達が、ラウレンティスの一声で結集した。

 また、撮影スタジオのあったイギリスからも多数の俳優が参加。バーリン皇子を演じるティモシー・ダルトンを始め、ブライアン・ブレスドやピーター・ウィンガードといった芸達者たちがキャスティングされた。そんな中、ホッジスは自身の劇場デビュー作『狙撃者』(1971)で悪役キニアーを演じた劇作家のジョン・オズボーンを、アルボリアの司祭役でカメオ出演させている。

ホッジス「彼は本業の執筆作業から逃げ出せるなら、喜んで何でもやったよ。ジョンが毒虫の巣くう洞の前に立って、持ってる棒を上下する様は、見ようによっては自分のナニをしごいてるみたいだろ?(笑)」

■陽気(ゲイ)な美術とコスチューム
 撮影は1979年、主にイギリスのシェパートン・スタジオでおこなわれた。その他、EMI撮影所や郊外の飛行機格納庫なども使用され、ロンドンにあるほとんどのスタジオに『フラッシュ・ゴードン』のセットが設営された。撮影監督を務めたのは、奇しくも『オーメン2』の部分撮影も担当したイギリス映画界の至宝、ギルバート・テイラーである。

▲唖然とするスケールのセット
 ダニロ・ドナティのデザインをもとにして、元は駐車場だったシェパートンの巨大なステージに作りだされたのは、赤と金を基調とした極彩色の目も眩むような異世界だった。もっとも巨大なミン皇帝の宮殿は、総面積3万平方フィート。美術監督を務めたジョン・グレイズマークは、「私が手がけた『2001年宇宙の旅』も『007/黄金銃を持つ男』も、この作品の前では序の口だった」とこぼしている。

 ドナティはまた登場人物たちのコスチュームデザインも手がけ、セットに負けず劣らずド派手な衣装を作り出した。総勢35名のチームは、7ヶ月間フル稼働で約600着の衣装を用意。20台の裁断テーブルと15台のミシン、長さ6000メートルの布地と長さ600メートルのフェルトが費やされた。また、原色の鮮烈な色合いを出すために要した染料は50キロ。さらに800個のネックレスに金メッキを施し、布地に複雑な模様を入れるために最良質のオランダ製金箔3000枚を使用。頭の装飾用には2000本の羽が使われた。まさにドナティのやりたい放題であった。

▲ものすごい衣装のO・ムーティ
ホッジス「大変な数の美術職人たちが、スタジオの近くに泊り込んでいた。彼らは才能に溢れ、よく笑い、人柄も温かく、何もかも完璧だった。みんなダニロのように英語がまったく喋れないこと以外はね。私は全てを彼らに委ね、ただリラックスして成り行きに任せるしかなかった。ひとたびそう思ってしまえば、毎日がクリスマスみたいだったよ」

 フェリーニ作品や『カリギュラ』(1979)でお馴染みのローマン・スタイルというか、意味や機能を超越した装飾美は、彼の真骨頂である。

ホッジス「ダニロは脚本を読んでなかったんじゃないかな(笑)。各場面におけるセットや衣装の必要性とか機能性なんて、ほとんど問題外だった。デイルが宙返りを決め、皇帝の手下を空手チョップで倒すシーンでは、メロディはとんでもない重さの金属ビーズ製ドレスとハイヒールを着けていたんだからね。普通に歩くのもままならない状態だった。そこで私は、彼女がいちいちハイヒールを脱いでから敵を倒し、出て行くときにまた履きなおすという段取りにした。もちろん即興だよ。最悪にお寒いアクションになりそうなところを、忌々しい靴のおかげで上出来のコメディシーンに変えることができたのさ(笑)。でも、こんなことは日常茶飯事だった」

 独特の色彩感覚に彩られた本作の美術や衣装は、強烈なゲイ・テイストに満ち溢れている。何より主人公フラッシュのキャラクターが濃厚にそれっぽい。ホッジスは進んでそうしたつもりはないというが、デザイナーのドナティはれっきとしたゲイであった。へそまで深い切れ込みの入ったTシャツを主人公に着せようとしたときは、監督もさすがに止めたというが。おかげで『フラッシュ・ゴードン』は“映画史上最大のキャンプ大作”として、現在もその筋から高い人気を得ている。

■スペース・サーフィン
ホッジス「それまで、私はいつも自分の作品をタイトに制御してきた。でも『フラッシュ・ゴードン』だけは違う。おそらく、史上もっとも金のかかった即興映画だろうね(笑)。私はとにかくリラックスして現場に臨んだ。毎日セットに出かけていっては、そこにある美術や衣装の有効な使い方を考えていた。非常に多くのことを学んだ時期だったよ」

 ホッジスはそんな現場での経験を、「まるでサーフィンのようだった」と述懐する。

ホッジス「私とスタッフは毎日、臨機応変に現場を進めていた。カメラオペレーターを務めたゴードン・ヘイマンは特にね。キャスティングに始まり、長い撮影期間を切り抜け、編集室を行ったり来たり……その間いつも私は完璧に躁状態で、何もかも即興で乗り切った。これは凄いことだよ」

 もしこの状況で『オーメン2』のように完璧なビジュアルを求めるやり方を貫いたなら、今度こそホッジスは破滅していただろう。だが、『フラッシュ・ゴードン』は彼にとって完璧さを求める映画ではなかった。代わりに注ぎ込んだのはその場で思いついたユーモアであり、作品にはそんなアイディアが活きる余地があった。

▲ラウレンティス、男の中の男
ホッジス「ディノはこの映画のことをシリアスに考えていたようだが、私には理解できなかったね。“肝に銘じておけよ、マイケル。フラッシュは世界を救うヒーローなんだ!”とも言われたが……。彼は、私たちが真面目な映画を作っていると真剣に思っていたので、 “何でスタッフの連中は毎日ラッシュを観るたびに笑っとる?”と、いつも私に訊いてくるんだ。だからみんなには“我慢してくれ”って頼んだよ(笑)。しかし、1930年代に描かれたコミックストリップを今そのまま映像化したものを見て、笑うなって言う方が無理だろ?」

 それでも彼は監督として、あまりにも混沌とした状況に「このまま映画が完成しないのでは……」と思うこともしばしばだったという。あるとき、ホッジスはラウレンティスになぜ自分を選んだのか尋ねてみた。

ホッジス「きっと『狙撃者』か『電子頭脳人間』を観たからだ、って言うと思ったんだ。ところがディノは、“キミの顔が気に入ったんでな!”と答えた。私がこんな超大作の監督をしている理由は、自分の顔がプロデューサーに好かれたせいだったのさ!」

■「僕の声じゃない!」
 どうにか長い撮影も終わり、映画はようやくポストプロダクション段階へと突入した。しかしそこでも問題は起きた。サム・ジョーンズと制作プロダクションの間に結ばれていた契約が切れたのである。『フラッシュ・ゴードン』の主演スターは、結局ダビング(音響録音)作業には参加できなかった。

 ハリウッド映画には意外とアフレコのシーンが多い。時間をかけてハイレベルな音調整がおこなわれているため、気づかないことが大半だ(それに役者の力量が違う、ということもある)。映画を完成させる上では、非常に重要な作業なのである。

ジョーンズ「撮了後、僕は家に帰ってクリスマス休暇を過ごし、やがて次の作品の準備に入った。休暇が明けたらダビング作業に呼ばれるかと思っていたのに、最後まで呼ばれなかった。出来上がった映画で喋っている声の大半は僕じゃない。80%は別人だよ」

 一方、ジョーンズが戻ってこないと知ったホッジスは、仕方なく別の俳優を使ってアフレコをおこなうしかなかった。同録素材のない部分に関しては、ジョーンズではない誰かが演じている(完成品を観れば非常に分かりやすい)。ホッジス曰く、それでも大半はジョーンズ自身の声で、80%は言いすぎだそうだ。また、撮りこぼしたスタントシーンも代役を使って撮影された。

 当然ながら、ジョーンズは映画公開の宣伝ツアーにも参加しないことになった。仕方なくユニヴァーサルとラウレンティスは、悪役ミンを演じたマックス・フォン・シドウを担ぎ出し、パブリシティを展開した。

ホッジス「まったく馬鹿げてるよ。『フラッシュ・ゴードン』の名を冠した映画の宣伝で、主演俳優じゃなく悪役をフィーチャーするなんて!……サムは人間的にも素晴らしい人物で、この映画ではとても頑張ってくれただけに、残念だった」

■クイーンの音楽
▲サントラ盤ジャケット
 何もかもがギリギリのところで作られた本作の命を救ったのが、クイーンによる音楽だ。ハイテンションかつ緩急豊かなスコアが、SFヒーロー映画としての体裁を守り、ホッジス演出の冷笑的な部分だけ突出してしまうのを防いでいる。要するに力業なのだが、そこがいい。作品への貢献度という意味では、相当レベルの高い仕事である。ちなみに、企画当初の段階でホッジスが音楽を打診しようとしたのは、ピンク・フロイドだったとか。

 後に数多のCMやテレビ番組のBGMに使われた「フラッシュのテーマ」が何しろ有名だが、劇中のスコアまでバンドが全て手がけたという例は珍しい(大予算のSFX大作ならなおさらである)。とはいえ、大部分はギタリストのブライアン・メイによる仕事。メンバーのロジャー・テイラーは、本作のサントラ盤について「クイーンのちゃんとしたスタジオ・アルバムだとは思っていない」と後に語っている。

 ちなみに、彼らがレコーディングしていたスタジオの別室では、「アイルランド最初のロックスター」ロリー・ギャラガーが、ジョン・マッケンジー監督のバイオレンス映画『最終監房』(1980)の音楽を録音していたとか。

■メイキング・スフレ
 公開時には“未曾有の無駄遣い”などと評されながら、ホッジスは本作について「いい思い出ばかりだ」と語る。

ホッジス「あの凄まじいカオスの中にあっても、『フラッシュ・ゴードン』の制作現場は私にとって人生最良のときだった。とにかく素晴らしかったね。まるで一生懸命スフレを作っているみたいだった。フィルムを観るたびに、いつでもあのときの楽しさがよみがえる。それは観客にも伝わったと思うよ。大変な労力と長い時間を費やしたが、その価値はあった。興行成績もよかったし、世界中の人が気に入ってくれて、今でも映画の台詞を覚えている人に会ったりするんだ。あいにくバカみたいな台詞ばかりなんだが(笑)」

▲「待たせたな!」

Review

 当時、SFXスペクタクル大作を期待して劇場へ観に来た観客は、呆気に取られたことだろう。単純で稚拙なストーリー、妙な毒気を含んだギミック、メチャクチャな美術。そして真面目なんだか不真面目なんだか掴めない作者のスタンス。

 でも、なんか妙に楽しい。

 この感覚は一体? と考えてみたところ、はたと思い当たった。『オペレッタ狸御殿』(2005)だ! マイク・ホッジスは鈴木清順だったんだ!

 それはまあ冗談として(でも浦沢義雄テイストは入ってる気がする)、この映画にはやはり「子供の目線」が圧倒的に欠けている。印象に残るのはフラッシュの大活躍よりも、気の狂ったセットであり、やけにシニカルなユーモアだ。反面「大人がはしゃぐ可愛さ」というべき、ゆるーい楽しさも随所に感じられる。

 ホッジスの『フラッシュ・ゴードン』からは、最近のコミック原作映画によくあるような、有名タイトルの世界観を拝借して自分の作家性をスタイリッシュに表現しようなどという欲は感じられない(そんな余裕なかったとも言えるが)。あくまで原作コミックを読んだ印象のまま撮られている。読んだのが純粋な心を宿す永遠の12歳ではなく、48歳のマイク・ホッジスだったというのが問題だが。ホッジスのファンとしては思わずニヤついてしまう場面も多い。明らかに地球がどうなろうと知ったこっちゃない感じだし。

 しかし演出の冗長さは否めない。いっそのこと30年代のバスター・クラブ主演版に倣って、連続活劇(シリアル)として構成すればよかったのでは? と思いさえもする。とにかく白黒版の『フラッシュ・ゴードン』シリーズは、畳みかける演出のテンポが圧巻なのだ。

 また、誰しも一度は「フラッシュ役が違う俳優だったらなぁ……」と思ったことがあるはず。確かにサム・ジョーンズはミスキャストとしか言いようがない。だが、その狙ったデクノボウ感たるや絶妙で、ちょっと演技では出せない味がある。そこに本作の一番の悪意が表れている気がする。

 スーパーヒーローとは言いつつ、主人公フラッシュは生身の人間であって、自らの意思と関係なく地球の危機に巻き込まれてしまう普通の青年だ。だからこの映画でも特に超人的な力を発揮するわけではなく、できる範囲で一生懸命に戦う。このスタンスを全編で貫く姿勢は、何かに似ていると思ったらジョン・カーペンター監督の『ゴースト・ハンターズ』(1986)であった。あちらの場合は、無敵のヒーローたる主人公が徹底的に何もしないわけだが。

 欠点は多いが、やっぱり『フラッシュ・ゴードン』には捨てがたい魅力がある。カイル・クーパーばりの巧みな編集が光るオープニング・タイトルは、何度観ても胸躍るかっこよさだ。こんなのより『フレッシュ・ゴードン』(1974)の方が面白い、とか素直に言える人は多分いろんなことを忘れちゃってるはずなので、今すぐ両方見比べてみるといい。多分疲れるけど。


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