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Morons From Outer Space
『モロン』


▲英国公開時のポスタービジュアル
【スタッフ】
監督/マイク・ホッジス
脚本/グリフ・リス・ジョーンズ、メル・スミス
製作/バリー・ハンソン
製作総指揮/ヴェリティ・ランバート
撮影/フィル・メヒュー
編集/ピーター・ボイル
音楽/ピーター・ブレウィス

【キャスト】
ジョアンヌ・ピアース(サンドラ・ブロック)
ジミー・ネイル(デズモンド・ブロック)
ポール・ボウン(ジュリアン・トープ)
メル・スミス(バーナード)
グリフ・リス・ジョーンズ(グレアム・スウィートリー)
ジェームズ・B・シッキング(ラリビー大佐)
ディンズデール・ランデン(マトスン司令官)

[1985年イギリス映画/カラー/ヴィスタ/90分/ドルビーステレオ/ソーンEMI製作]
日本公開:1986年8月(ユーロスペース配給)


Story

 広大な宇宙空間を、4人のブロブ星人がレンタル宇宙船に乗って旅していた、というか迷子になっていた。彼らはまるっきり地球人と同じ見た目で、同じくらい頭が悪く、おまけに名前も英語だった。その中でもやや孤立気味のバーナード(メル・スミス)は、母船の無重力空間で一人遊びに興じていたが、その様子をカメラで見ていたデズモンド(ジミー・ネイル)が「イラッ」ときて適当にボタンを押してしまったからさあ大変! 凄まじい勢いで飛び出したシャトルは、バーナードを置き去りにして地球へまっしぐら。デズモンドとその妻サンドラ(ジョアンヌ・ピアース)、仲間のジュリアン(ポール・ボウン)の3人は、ロンドン郊外の高速道路に緊急不時着する。

 未知の宇宙船回収という急報に、米国大使館からはラリビー大佐(ジェームズ・B・シッキング)が駆けつけ、英国軍と共に事態の究明が始まった。彼らは『未知との遭遇』よろしく音楽を使って交信を図るが、「うるさいなあ」と出てきたのはまるっきり普通の人間たち(のような、ブロブ星人)。さっそく尋問が始まるものの、あまりにトンチンカンな彼らの受け答えに、宇宙人であるかどうか以前に「こいつら低脳だ」という衝撃の結論へと辿り着く。だが、ラリビーはそれが地球侵略を企む異星人のカムフラージュであると疑い、彼らの抹殺を決定。

▲アメリカ版DVDジャケット
 一方その頃、やはり地球に墜落していたバーナードは、アメリカの自然公園で右往左往していた。ゴミ箱を知的生命体と勘違いして話しかけるなどの間抜け三昧を繰り広げた末、ついに地球人との接近遭遇を果たした彼は、すぐさま狂人と判断されて精神病院へ送られてしまう。

 再びロンドン。TV局に務めるレポーター志望のお茶汲み坊主、グレアム(グリフ・リス・ジョーンズ)は、特ダネを狙って当局に忍び込み、ラリビーたちが異星人を嬲り殺しにしようとしているのを知る。彼はすんでのところでデズモンドたちを救い出し、自宅に匿った。グレアムの必死の演説によって命拾いしたエイリアン3人組は、今度は“危険な侵略者”から一躍“愛すべき人気者”へと祭り上げられる。

 はたして彼らの運命やいかに? バーナードは仲間達と再会できるのか?(まあ別にどうでもいいけど)


About the Film


■馬鹿が宇宙船〈シップ〉でやってきた
 ひょんな事から地球に落ちてきた、地球人そっくりの異星人たちが巻き起こす珍騒動を、スラップスティック調に描いた異色のSFナンセンス・コメディ。タイトルの『モロン』とは「低脳野郎」とか「知恵遅れ」といった意味の言葉である。

 もしも宇宙人が友好的な知性体などではなく、さらに地球征服を企む恐ろしい敵ですらなく、バカで間抜けな酔っぱらいだったら……つまり、地球人と同じだとしたら? というのが本作のテーマ。エイリアンの来訪に慌てふためき、抹殺を図り、終いにはアイドルとして崇拝する筋金入りの大間抜け(=Morons)として描かれるのは、他でもない我々の方である。そして結局は誰も何も学ばないし進歩もしないで終わる、という作り手の姿勢があまりに立派。

 いかにも英国人らしいシニカルなユーモアと、英国人らしからぬ(?)幼稚なギャグに溢れながら、シュールで冷淡な感触が全編に漂うのは、監督ホッジスの持ち味だろう。全体的には描写への執着度はとても軽い。だが、一歩間違えれば嫌悪感を誘うだけのダメ宇宙人たちにも、最低限のところで共感をキープできるようにする演出などは、やはり職人的に上手である。

 ちなみに本編には『スター・ウォーズ』(1977)や『カッコーの巣の上で』(1975)といった映画の臆面もないパロディが幾つか登場するが、アンチ・スピルバーグ主義を標榜するホッジスらしく、『未知との遭遇』(1977)は特に念入りにバカにしている。

▲ムダに大がかりな宇宙船墜落シーン

■TVから来た才人コンビ
▲脚本・主演のメル・スミス
 脚本と主演を兼ねたメル・スミスとグリフ・リス・ジョーンズは、BBCのコメディ番組『Not The Nine O'clock News』(1979-1982)で人気を博したコメディアン・コンビ。ちなみに同作でブレイクした仲間には、Mr.ビーンとして有名なローワン・アトキンスンもいる(後にスミスは1997年の劇場版『Mr.ビーン』の監督も担当)。『モロン』は彼らが初めて映画に進出した記念すべき作品であった。

 たった一人で地球をさすらう不幸な宇宙人バーナードを演じたスミスは、イギリス喜劇人=インテリの例に漏れず、名門オクスフォード大学の出身。在学中から舞台俳優としてイギリスとアメリカを股にかけて活躍し、70年代後半からTV業界へ移行。コメディアン・放送作家・演出家として数々のヒットを飛ばしつつ、TVドラマや映画にも精力的に出演。映画監督としても『彼女がステキな理由』(1989)を皮切りに、前述の『Mr.ビーン』や『ハイヒール・エンジェル』(2001)などを手がけている。

▲相方のグリフ・リス・ジョーンズ
 また、要領が悪い上に短気なジャーナリストのタマゴ、転じて宇宙人たちのマネージャーとなるグレアム役のジョーンズも、ケンブリッジ大学の「フットライツ・クラブ」で副会長を務めていた人物。本作では台詞の少ない役をハイテンションで演じており、まるで怒り狂ったバスター・キートンのようである。息の合ったスミスとは、BBCのコメディ番組『Alas Smith & Jones』(1984-1998年)で14年間も組み続け、コメディ映画『Wilt』(1989)では共に主役を演じた。また、英国で最も権威ある「ローレンス・オリヴィエ賞」では最優秀コメディ演技賞を2度も獲得。現在もTVや舞台で活躍しているようだ。

 また、ブロブ星からやって来たモロン3人組を演じた俳優たちも、本物(のバカ)と見紛うばかりの素晴らしい演技を披露している。リーダー格のデズモンド役を演じるジミー・ネイルは、やはりTVを中心に活躍する人気俳優で、英国ヒットチャートNo.1を獲得した歌手でもある。映画『スティル・クレイジー』(1998)のベーシスト役では、本作とはまた違った魅力を見せている。

▲ブロブ星人トリオ

■息の長い賛否両論
▲日本公開時のチラシ
 人気TVスターの映画進出作にしては底抜けにバカバカしく、しかも取っつきにくい作風だったせいか、当時のイギリス国内での評価はまるで芳しくなかった。興行的にも失敗。しかし一部では怪作としてもてはやされ、未だにその評価は定まらず、賛否両論状態が続いている。

 日本公開は1986年、都内では吉祥寺バウスシアターと渋谷東映で上映された。配給はユーロスペース(最初は日本ヘラルド映画のラインナップに入っていたらしい)で、公開時からすでにカルトムービー扱いで紹介されていた。

 ビデオは東映からリリース後、現在は廃盤。アメリカとヨーロッパでは、本編のみのDVDがリリース済みである。中には、アルバート・ピュン監督の『エイリアン・フロム・L.A.』(1990)とのカップリング盤なんていう駄洒落みたいなDVDまで出ている。


Production Note

■シナリオ『Illegal Alien』
 80年代半ば、制作会社EMIのプロデューサーだったヴェリティ・ランバートは、ある1冊のシナリオを旧友のマイク・ホッジスに手渡し、監督を依頼した。その脚本のタイトルは『Illegal Alien』。もちろん不法入国者(イリーガル・エイリアン)と地球に不時着した宇宙人(エイリアン)をかけた題名である。作者はTVの人気コメディアン、メル・スミスとグリフ・リス・ジョーンズ。

 かつて自身もコメディアンを主役に据えた脚本『Say Goodnight, Lilian―Goodnight』を書いた経験があり、大がかりな特殊効果を使ったSF映画も『フラッシュ・ゴードン』(1980)で経験済みだったホッジスは、ランバートの依頼を引き受けた。ただし、自身の企画『Mid-Atlantic』を次回作として制作するという条件つきで。ホッジスは職人監督として臨む一方、脚本に描かれていたアイディアへの共感も、モチベーションに大きく作用したと明言する。

ホッジス「もし地球外生命体が存在したとして、それが私たち地球人より知的である必要があるのか? 彼らが地球人と同じような進歩の軌道をたどってきて、さらに先を進んでいるとしたら、余計バカになっててもおかしくないってことさ。つまり、人類はどんどんバカになっていってる。ある面では確実にそうだし、違う部分もあるかもしれないがね。時が経てば分かることだ。我々の種は、常に愚鈍さと聡明さの間に生きている。進化も退化も、かなり接戦のレースなのではないかね?」

■不機嫌な撮影
 ベテラン監督の下、映画はクランクイン。だが撮影も半ばで、スミスとジョーンズは仮に繋いだラッシュフィルムを観て慌てた。この深刻なトーンの画面は一体なんだ?

ホッジス「彼らに映像を見せたのは失敗だった。そのおかげで、無用の腹立ちを何度も抱えることになった。誰であれ、ラフカットを観ただけでその映画を評価することは難しい。グリフとメルが本質を正しく見抜いたとも思えないしね……ともあれ、彼らの思い描くポピュラーなコメディを作るには、私の演出は狙いが微妙すぎると思ったんだろう」

 製作総指揮のヴェリティ・ランバートは、画面の暗さが問題だと言い、さらに画角を広く撮りすぎるとも指摘した。結果、何人ものスタッフが交代させられ、ついにはプロデューサーと美術監督まで撮影途中で降板することになった。

ホッジス「監督を降りることも考えたが、思いとどまった。だがこれ以上、無益な議論を続けることには疲れ果てていたし、第一そこまで真剣に考えて撮るような映画じゃない。だから私は普段なら許さない俳優たちの大げさな演技も見逃したし、ライティングも明るくした。スタイルではないがね。結局『モロン』はカリカチュアだらけの映画になってしまった」

■酷評の嵐
 イギリスの批評家たちは、テレビの人気者スミスとジョーンズの初長編映画を待ち構えていたが、蓋を開けてみれば、単なる笑えないコメディでしかなかった(と、彼らの目には映った)。『モロン』はイギリスで容赦なく叩きのめされた。

ホッジス「まったく不当な評価だったね。だけど、もしメルとグリフがもっと脚本に時間をかけていたら、とは思うよ。私は彼らに、もっとシリアスに作品について考えてくれと何度も頼んだんだ。だって素晴らしいアイディアだからね。私はアンチ・スピルバーグ主義者で、彼が世界中に蔓延させた甘ったるいセンチメンタル趣味など我慢ならないんだ」

 ジョーンズとスミスの秀逸なアイディアが批評家たちに受け入れられなかった理由は、編集作業中に改題された『Morons From Outer Space(外宇宙から来た低脳ども)』という、あんまりな公開タイトルのせいもあるかも……とホッジスは告白する。

ホッジス「何人かの評論家は『モロン』をとてつもなく嫌っていて、中には“この映画を観る前に死すべし!”とまで書く者もいた。最高の批評だね(笑)。かわいそうに、テレビ時代の絶賛に慣れていたメルとグリフは、そうした酷評の嵐に震え上がった。私は慣れっこだったが(笑)。しかし、今でも思うんだが、『モロン』はよくできた映画だと思うよ。エイリアンたちの演技もみな素晴らしい。それに、かかっただけの金に見合ったものは画面の中にちゃんと映っているしね」

 だが、ホッジスにとって最も痛烈なダメージを与えたのは、映画の完成後すぐにプロデューサーのヴェリティ・ランバートがEMIから去り、次回作『Mid-Atlantic』の企画が完全にポシャッてしまったことだった……。


Review

 『モロン』は面白い。「爆笑に次ぐ爆笑」とか「見終わって気分スッキリ」とかそういう映画では全然ないが、意地悪なニヤニヤ笑いを浮かべながら最後まで楽しめる作品ではある(心が黒い人なら存分に、という気も)。どうしようもなくベタなギャグも多いが、ホッジスのクールな喜劇性も随所に炸裂していて、飽きさせない。映画的にも、とりあえず『フラッシュ・ゴードン』よりはずっとウェルメイドな出来だと思う。

 個人的にいちばん分かりやすく面白い場面を挙げるなら、宇宙人を殺そうと高官たちが列をなして研究施設内をさまよう辺りの、楽しげに狂った感じだろうか。基本的にはクールだが、ちょっとジンとするエンディングとか、可愛いところもいっぱいある。凡作という評価を鵜呑みにするよりは、いちどは観ておいた方がいい映画だ。


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