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Dandelion Dead
(TVミニシリーズ)


▲アメリカTV放映時のイラスト広告
【スタッフ】
監督/マイク・ホッジス
製作/パトリック・ハービンソン
製作総指揮/サラ・ウィルソン
脚本/マイケル・チャップリン
撮影/ジェリー・フィッシャー
美術/ヴォイテク
編集/マルコム・クック
音楽/バリントン・フェロング

【キャスト】
マイケル・キッチン(ハーバート・アームストロング少佐)
サラ・マイルズ(キャサリン・アームストロング)
デイヴィッド・シューリス(オズワルド・マーティン)
レズリー・シャープ(コンスタンス“コニー”・マーティン)
クロエ・タッカー(エレノア・アームストロング)
ピーター・ヴォーン(ヒンクス医師)
ダイアナ・クイック(マリオン・グラスフォード=ゲイル)
バーナード・ヘプトン(デイヴィス氏)
ロバート・スティーヴンス(ヘンリー・ヴォーン)
ドン・ヘンダーソン(クルチェット警部)
ロジャー・ロイド・パック(フィリップス)
パトリック・ゴドフリー(グリフィス)

[1992年イギリスTV映画/カラー/203分/スタンダード/ステレオ/ロンドン・ウィークエンド・テレビジョン製作]
日本未公開


Story

「第1部」

 ウェールズ南部、イングランドとの境も程近い田舎町、ヘイ・オン・ワイ。ハーバート・アームストロング少佐(マイケル・キッチン)は、緑豊かなこの町で事務弁護士業を開いている。人当たりはいいが、仕事の上はまったく不器用で、気弱な人間であった。高台にある屋敷での裕福な生活も、妻キャサリン(サラ・マイルズ)の資産の上に成り立っており、気性の強い彼女との仲も冷えきっている。灰色の日々を送る彼を支えるのは、アルコール、3人の子供たち、ロンドンに住む愛人、そして庭いじりだ。目下の悩みは、庭の景観を損ねるタンポポの駆除法である。

 そんな時、町に新しい同業者のオズワルド・マーティン(デイヴィッド・シューリス)がやってくる。病弱だが、若く、優秀な男だ。

 アームストロングは友人ヴォーン(ロバート・スティーヴンス)に融資を乞われ、自身の財政状況も顧みず、つい金を渡してしまう。そのことを知ったキャサリンは怒りを爆発させる。何ひとつ満足にできない夫への嫌悪と苛立ちは、もはや憎しみに変わっていた。数日後、アームストロングは薬剤師デイヴィス(バーナード・ヘプトン)の店で、タンポポの除草に使うためと言って、砒素を購入する。

 愛人のマリオン(ダイアナ・クイック)に会うためロンドンへ赴いたアームストロングは、彼女から一方的に別れを告げられてしまう。帰宅した彼は、妻にココアを作って飲ませる。その夜から、病気がちだった彼女の容態は急変。食事をまったく受け付けず、日増しに衰弱は進んでいき、ついには入院することに。

 療養生活は功を奏した。キャサリンは快方に向かい、精神状態も穏やかになっていった。アームストロングは早々に、彼女を自宅へと連れ帰る。迎える子供たち、団欒のひと時。罪を償おうとするがごとく、別人のように優しくなった妻は、夫が持ってきた書類にもおとなしくサインした。それは彼女の遺言状だった。

 その夜、キャサリンの体は再び異常をきたし、朝には手の施しようがない状態に陥った。死を待つ妻の傍らで、アームストロングはシャンパンを開け、別れの杯を彼女の口元に傾けるのだった。

「第2部」
 アームストロング家は喪失の悲しみから立ち直り、平和な日々を過ごしていた。ただ一人、長女エレノア(クロエ・タッカー)を除いて。かつては父親の方になついていた彼女は、母の死以来、彼に対して不信感を抱くようになっていた。

 そして、平和はすぐに終わりを迎える。ヴォーンへの融資が焦げ付き、資金運用が滞ったアームストロングはたちまち窮地に立たされてしまったのだ。

 一方、マーティンは薬屋の娘コニー(レズリー・シャープ)から熱烈にアタックされ、押し切られるようにして結婚。その式の席で、マーティンはアームストロングに融資の件について問う。彼はヴォーンの債権者に雇われており、もし彼が法的措置に乗り出せば、アームストロングの破滅は確実だった。

 のらくらと逃げ回るアームストロングに対してマーティンの追求は容赦なかった。ついには「1週間以内に返済できない場合は案件を法廷に持ち込む」と宣告されてしまう。

 翌日、マーティン夫妻宅にチョコレートの詰め合わせが届けられた。送り主は不明。彼は手を付けなかったが、それを食べたコニーの姉ドロシーはその夜、激しい嘔吐を繰り返した。

 あくる日、マーティンは町でアームストロングと出くわし、彼の家で話し合いの場を持つ。結局、交渉は決裂。アームストロングに勧められてお茶うけのスコーンを食べたマーティンは、その日から体調を悪くし、自宅で静養する羽目に。娘婿の見舞いにやってきたデイヴィスは、それが砒素の中毒症状であることに気づく……。


About the Film

■美しい田園に零れた毒
 1922年1月、サウス・ウェールズで事務弁護士業を営むハーバート・アームストロング少佐は、砒素を使って妻キャサリンを毒殺し、同様の手口で同業者のオズワルド・マーティンをも殺害しようとした疑いで逮捕。電光石火の勢いで有罪判決を受けた彼は、間もなく絞首刑に処された。事件には多くの謎が残っており、冤罪だとする説もある。

 本作『Dandelion Dead』は、1920年代にイギリスで実際に起きた事件を元に描いたTVミニシリーズである。風光明媚なウェールズの田園風景の中で、毒殺事件の容疑者として葬られたアームストロング少佐を中心に、疑惑と殺意の物語が綴られる。

■「殺意」は「証拠」にあらず
 監督のマイク・ホッジスは、悲劇の舞台となった現地ヘイ・オン・ワイで撮影を敢行。事件の顛末を淡々と、ユーモラスに、時に鬼気迫るタッチで緩急巧みに映像化した。200分という長尺ながら、相変わらず無駄のない快作に仕上げている。

 キャラクター同士の対立関係や感情の衝突を丹念に描き、少佐に芽生える殺意をじっくりと炙り出しながら、具体的な犯行の瞬間は一切見せない。ドライな悲喜劇的演出の中で、こうした曖昧さのバランスを成立させる手腕は、いかにも手練である。

 随所にちりばめられたユーモアもまた魅力的。さすがに200分もあるので、陰陽の幅広さには事欠かない。デイヴィス父娘が毒物検査にかかる費用をめぐってモメるくだりなどは所帯じみた真実味があって面白いし、ラスト近くにはホッジスらしい冷徹な「最後の晩餐」ギャグも用意されている。何より主人公アームストロング氏を演じるマイケル・キッチンのコミカルな味が、暗い印象を払拭している。

■名優たちの演じる悲喜劇
▲ハーバート・アームストロング役のマイケル・キッチン

 好人物だが不器用なアームストロング氏を味わい深く演じるのは、名優マイケル・キッチン。人生を狂わせていく上流階級男性の悲哀を好演し、本作は彼の映像作品キャリアにおける代表作となった。前半の情けない表情も絶品だが、後半の鬼気を孕んだ演技も素晴らしい。

 彼の妻キャサリン役には、『ライアンの娘』(1970)のサラ・マイルズ。マイナスの感情をふつふつとたぎらせる女性を迫力たっぷりに演じ、第1部後半では中毒症状に苦しみもだえるホラーな熱演も披露。改心してからの優しい表情も、哀しみを引き立てている。

 有能だが女性には奥手のオズワルド・マーティン役をエキセントリックに演じるのは、『ネイキッド』(1993)でブレイク直前のデイヴィッド・シューリス。マーティンを強引に口説いて結婚してしまうコニー役のレズリー・シャープも魅力的で、同じく『ネイキッド』で見せた痛々しいカップル役とは大違いである。

 誰よりも父を愛しながら、疑惑に心揺れる長女エレノア役、クロエ・タッカーの好演も印象的だ。アームストロングの愛人マリオン役のダイアナ・クイックは、リドリー・スコット監督の傑作『デュエリスト/決闘者』(1977)で前半のヒロイン・ローラを演じた女優。その他、『未来世紀ブラジル』(1985)のピーター・ヴォーンや、『シャーロック・ホームズの冒険』(1970)に主演したロバート・スティーヴンスなど、錚々たる英国演劇界の大物たちが顔を見せる。また、『狙撃者』(1971)で情けないソーピー役を演じたバーナード・ヘプトンが、薬剤師デイヴィスとして登場するのにも注目だ。

■常連スタッフの生んだ格調
 メインスタッフにはホッジス組の常連スタッフが結集し、劇場作品にも引けをとらない素晴らしい映像を作り出した。コントラスト豊かな美しい撮影を手がけたのは、『ブラック・レインボウ』(1989)に続いて2作目の参加となるジェリー・フィッシャー。ヴォイテクによる見事な美術デザインも見どころだ。

 バリントン・フェロングの流麗なオーケストラ音楽と共に、モチーフとして繰り返される時計の音(=破滅へのカウント?)も耳に残る。ちなみにタンポポの綿毛のことを、英語では“Dandelion Clocks”というそうである。

■消された「真実」
 現実の事件において、状況証拠の数々は少佐の犯行である可能性を声高に物語ったが、十分な審理が行われなかったのも事実だ。この『Dandelion Dead』でも、謎の解明はほとんどおこなわれない。終盤では、有力な証拠が発見されてクライマックスとなるわけでもなく、ただ処刑されていくアームストロング少佐とその家族の戸惑いが、淡々と映し出されるのみ。全ての真実は描かれぬまま、物語は幕を閉じる。

 『Dandelion Dead』はロンドン・ウィークエンド・テレビジョンで全4話が放映され、高い評価と高視聴率を獲得。時代物ミニシリーズといえばBBCのお家芸、というイメージを打ち破った。アメリカやオーストラリアなど海外でもオンエアされて好評を博したが、日本では放映されていない。

 DVDとビデオは前後編の2部構成にまとめられ、米・HBO HOME VIDEO社からNTSC盤がリリース。PAL変換の際に生じる妙なデジタル補正がやや気になるが、画質はまあまあ。なぜかイギリス現地では未発売のままである。


Production Note

■魅力的なシナリオ
▲米国盤DVDジャケット
 『ブラック・レインボウ』を終えた後、ホッジスは特に興味のある題材を見つけられず、自宅でのんびり読書の日々を送っていた。

ホッジス「その頃は、ずっとファンだったジョルジュ・シムノンの小説を読み返していたんだ。そこへ『Dandelion Dead』の話が舞い込んできた。玄関マットの上にシナリオが置かれていて、読んでみるとすっかり気に入ってしまってね。あまり魅力的でないタイトルにもかかわらず……今でもあんまり好きじゃないな。ともかく、マイケル・チャップリンの脚本はよく書けていて、まさに私の求める内容だった。だから引き受けることにしたのさ」

■「事実」と「謎」へのアプローチ
 作品の持つある程度の曖昧さは、製作を務めたパトリック・ハービンソンが企画段階から意図していたものである。視聴者が目の当たりにするのは、状況証拠と人々の感情であり、犯行現場でも物的証拠でもない。それは史実どおりだ。

ハービンソン「もし現在、同じ状況でアームストロングが裁かれれば、有罪判決が下ることはなかっただろう。それだけは動かしがたい事実だ」

 アームストロングの処刑が急がれた理由は、ちょうど1年前に同じ法廷で起きた事件が関係している。ハロルド・グリーンウッドという事務弁護士が、同じように妻を毒殺した疑いで裁かれたが、有能な法廷弁護人がついていたおかげで無罪になったのだ。裁判官たちは再び失態を繰り返さぬよう、アームストロングには弁明の機会を与えなかった。

 後にヘイ・オン・ワイでアームストロングと同じ職に就き、彼の住んでいた屋敷に暮らすマーティン・ビールス弁護士は、アームストロングの無罪説を主張する。彼は、事件の重要証言者であった調合師のデイヴィスが怪しいと睨んでいる。それに、キャサリンが常用薬と間違って砒素を飲んでしまった可能性も否定できないし、アームストロングが砒素入りチョコレートを商売敵に送ったという件に関しても、不審な点があると。

 しかし、脚本のマイケル・チャップリンは少佐を限りなく「クロ」に近い人物として描き、ビールスの説には劇中で一切触れなかった。

チャップリン「厳密にはその説を否定したわけではない。その可能性について考えてもみた。しかし、ドラマは“事実”に基づいている。そこまではっきり描くと、謎を残す余地がなくなってしまうんだ。もしそういう作り方をすれば、キャサリンが自殺し、そしてデイヴィスとマーティンが共謀してアームストロングを陥れようとした、という具体的な描写を入れなければならない。だがそれはあまりにも現実性に欠けている」

ホッジス「人は陰謀説を好むが、状況証拠には反駁できない部分もある。どっちみち彼は処刑されてしまったんだ。今となっては誰ぞ知る、だよ」

 アームストロングの実子たちは作品の製作中止を求めたが、失敗した。本作以前にBBCで準備されていたドラマ化企画は、彼らの訴えによって中止させられている。

■ヘイ・オン・ワイにて
▲現在のヘイ・オン・ワイの町
 ホッジス率いる撮影隊は、現在は「古本の町」として知られる現地ヘイ・オン・ワイでロケをおこない、当時から変わらない景観を生かして、4時間の時代物ドラマを250万ポンドの予算で完成させた。マイケル・キッチンを始めとする俳優たちにとって、実際に事件の起こった場所で撮影するという体験は、演技に特別な作用を与えたようだ。

キッチン「あるとき、私は田園地帯を何気なく歩いていて、知らずにキャサリン・アームストロングの埋葬地にたどり着いていたんだ。なんとも奇妙な気分だったよ。実際に少佐が通勤していた道を歩いているときにも、同じような感覚を覚えた。現地には当時のことを覚えている人も多かった。ある老婦人は子供の頃、父親と列車に乗っていた時に、警官たちに連れ添われてグロウチェスター刑務所へ向かうアームストロングの姿を見たと言っていたね」

 デイヴィッド・シューリスは役作りのため、現地でマーティンについて取材したが、用心深い反応が返ってくるばかりだった。

シューリス「オズワルド・マーティンという人物について、人々はあまり多くを語ろうとしなかった。あるとき僕は、父親がマーティンの書記を勤めていたという男性に会い、彼に子供がいたかどうか、あの当時いったい何が起きたのかを訊ねてみた。しかし男性は“知っていますが、私には教える権限がないのです”と答えるだけだった。おそらく周囲の迷惑を考えてそう答えたのだろうが、裏に何かあると感じずにはいられなかったよ」

 ノイローゼ気味の恐妻マリオンを気迫たっぷりに演じたサラ・マイルズは、自身のキャラクターについて共感を持って語る。

マイルズ「キャサリンは実際、とても悲しい人物だと思う。彼女には商才があったけど、それを活かせる時代に生まれては来なかった。だから夫の手綱を握ることで、財政の全てをコントロールしなければならなかったのね。そして、彼女は更年期障害に苦しんでいた……尊敬できない相手と男女の性的関係を持つことは、キャサリンにとって何より苦痛だったはずよ。劇中で彼女が夫を激しく拒絶するのは、愛人を囲っているハーバートの不義と、彼女が抱く理想の男性像をかなえられない、彼の無力さへの反撥だと思うわ」

■TVの現場に戻って
 ホッジスにとって、イギリス国内でTVドラマを撮影するのは『Squaring the Circle』(1984)以来のこととなったが、彼は現場で“ある事実”にショックを受けた。

ホッジス「私は64歳、撮影のジェリー・フィッシャーも70歳になんなんとしていて、美術のヴォイテクも同様だった。カメラオペレーターのゴードン・ヘイマンも、衣装のヴァンジー・ハリソンも大体それに近い。 だが、残りの連中の若いことといったら! スタッフのほとんどが子供みたいなものだった。彼らもやっぱり、現場を仕切っているのが老いぼれ連中ばかりだと感じていただろうがね」

 しかし、若いスタッフはホッジス組の撮影スピードについていけなかった。実際、彼らは予定より早く撮影を終わらせ、余った時間をのんびり現地で過ごすことになった。プロデューサーは慌てたが、作品の仕上がりを見れば黙るだろうと、監督は悠然と休暇を楽しんだ。

ホッジス「60年代後半、私が『Suspect』『Rumour』を撮った頃は、ひとたび脚本が認可されてしまえば、あとはディレクター任せだった。キャスティングに関してさえもね。だが今、TV局のお偉いさん方は、どんな小さな役にでも名の知れた俳優をあてがおうとする。まるでマダム・タッソーの蝋人形館で演出してるような気分さ。ひとつ変わらないことといえば、ドラマの監督は海外放映や再放送に関するギャラが一切貰えないということだ。彼らにとって今のTVは、甘いお菓子の並んだお店にでも見えているんだろう。しかし、非常にやれてよかった仕事だね。ヘイ・オン・ワイでの撮影は楽しくて、私はあの土地がすっかり気に入ってしまった」


Review

 『Dandelion Dead』は、監督の人生経験、人間を見る精緻な視線が遺憾なく発揮された、秀逸なドラマである。特に、どん詰まった夫婦関係の描写には、さすが当事者でしか表現しえない息詰まるリアリティが漲っている。

 本作は、ホッジスの偏愛するクロード・シャブロル作品を思わせる、スノッブな社会を舞台にした疑惑の物語だが、キャラクターはより人間味に溢れ、共感性は高い。ゆえに憎しみ合う人間の悲しみが際立つ。事件の真偽はどうあれ、少佐の殺意は本物として描かれるのだ。誰でも陥る感情の闇として。

 作品的な白眉はやはり、第2部後半からの展開だろう。アームストロングへの疑惑が確信的になり、ここからいよいよブラックな笑いとサスペンスが立ち上がってくる。気安い笑顔を振りまくマイケル・キッチンの怪物的な存在感、殺されるのではないかと脅えまくるデイヴィッド・シューリスの可愛さ! まさに映画的ドライブがかかる至福のモメントであり、あらすじでは表現不可能な高揚感を与えてくれる。


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